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seikousisanの日記

食べたり音楽(ロキノン・ももクロ他アイドル)だったり都内近辺の行く場所が多いと思います

ポツネン氏の奇妙で平凡な日々@東京グローブ座

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KOBAYASHI KENTARO SOLO PERFORMANCE「ポツネン氏の奇妙で平凡な日々」を東京グローブ座で見てきた。
小林賢太郎の公演は恥ずかしながら生で観るのは初めてだ。
映像ではラーメンズ時代をはじめ、いろいろ見ている。
今年の2月とかには(時期がイマイチ定かではない)表参道spiralでの展覧会も見てきた。

※展覧会、去年の9月でした。
この時の流れの感覚なんなんだろうか。
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劇の内容についてここで深く述べても仕方ないので置いておくが、面白かった。
面白かったというのは笑えるというよりも、見入るという意味でのものだ。
表参道で見た展覧会では小林賢太郎の舞台美術がたくさん展示されていたのだが、今回はものすごくセットもシンプルだった。
大中小のスクリーンが5枚。
そこに小林賢太郎の動きと連動した映像やアニメーションが投影される。

舞台を見て感じたことが3つあって、ひとつが海外で公演することを意識して作ったのかなぁということ。
小林賢太郎ワールドは健在なのだが、言葉がなくともわかる世界観。
ひらがなとかを演出に使ってはいるのだけれど、敢えて文字を崩しひらがなとしては成立していないひらがなになっていたり。
でも日本のマンガっぽい演出と相まって、なんとなくひらがなに見えてとてもポップ。
終始徹底して言葉無しで進んでいく感じもチャップリンとかが想起された。

ふたつめが笑いというものを重要視していないこと。
爆笑を誘いに来たり、休む暇もなく貪欲に笑いを取りに来るといった姿勢はない。
カーテンコールで小林賢太郎本人も言ってはいたが、「コントでも演劇でもない、自分が何をやっているのか自分でも説明できない」とはまさしくでコントのような演劇の様な何かだった。
パフォーマンスという言葉が一番向いているのかもしれない。

みっつめに小林賢太郎という役者の人間性について。
とても真摯な人間だと感じた。

「メディアへの露出は行わない代わりに、自分の作品を最高のものにするべく全力を注ぐ。」
「観客のみなさんは小林賢太郎という人間をよく見つけてくれた、変な人たち。」
「友だちと話が合わないでしょう。」

自分の作品を大衆的なものではないということをわかりつつ、20年以上のライフワークである舞台活動を最高のものにするために全力を注ぐ。
そしてメディアには出ないけれど、見に来てくれたお客さんの心をつかみ、はなさず、また劇場に来たいと思わせる。
とても実直でわかりやすい人間だと思った。
今まで作品だけを見ていたので、小林賢太郎の人間性が垣間見えて面白かった。

アンケートには平日の夜の部なのにスーツ姿の人がほとんどおらず、小林賢太郎を見つけた人は普段何をしているんだろうと、カーテンコールで言っていた「見つけてくれた変な人たち」への返事を書いておいた。
公式サイトにも書いている様に、小林賢太郎は観客の反応を楽しみにしているので、是非届けばいいなぁと思う。
そしてP.S.で書いた、ラーメンズとしての活動もそろそろ再開して欲しい。

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ここからブログ内容的には完全に蛇足なのだが、会社からグローブ座まではアクセスがさほど良くなく、バスで行った。
高田馬場四丁目で降りて歩いていると手塚治虫スタジオを超住宅街で見つけた。
JRの高田馬場駅の発車音が鉄腕アトムで、なんでだろうと思っていたがようやく長年の疑問が解けた心地になった。

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帰りは新大久保で焼肉をかっ喰らって帰った。
街の看板がハングルだらけだったり、タイ料理屋も意外に多かったり、面白い街だけどやはり肉は美味い。

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写真ではよさが全く伝わらないビルとビルの間にできた空き地のかっこよさを堪能して新宿までなかなか普通に生活をしていたら口にすることのない世界史用語を発しながら歩いて帰った。
最低限文化的でよい1日だった。